ちょっと雑談

 今回は翻訳はお休みです。ちょっと思うところをつらつらと書いてみるだけです。

 世の中が荒っぽくなってきましたよね。私の“青春時代”はバブル経済の絶頂期からバブル経済崩壊後の、まだその余韻が残っていた頃でした。世の中の雰囲気的には1997年の消費税増税ぐらいまではバブル経済の気分が残っていたと思います。日本は世界第二位の経済大国で、分野によっては第一位のアメリカさえ凌いでいた世界に冠たる経済大国だったですよね。今は見る影もないですが。

 私が北京に留学したのは1988年の夏のことでした。北京空港に降りたって学校が迎えによこした車に乗って学校に向かっていたとき、道路脇には馬車が走っていましたよ。北京の市街地には日本企業の大きな広告看板が建ち並び、何となく誇らしさを感じたものでした。休日に地方の都市へ旅行に行ってタクシーに乗ったとき、運転手が自慢しながら自分の腕時計を見せてくれたんですよ。「日本製だぜ!」と言いながら、本当に嬉しそうでしたね。

 当時の中国で“反日感情”に出会った経験は全くありません。ある都市で一人寂しく食堂に入ったとき、店主が「おまえどこから来た?」と言うので「日本から来た」と答えたら、満面の笑みで注文していない料理を一品追加サービスしてくれたしましたね。そういう雰囲気があったんですよ。当時は外国人が入れない中小都市というのがありましたが、そんな街に入ったときのこと、すぐに公安が後ろから付いてきたんですよ。ところが、翌日この公安が旅館の前で待っていて、ちょっと緊張しましたが、結局彼は飯を奢ってくれたんですよ。

 天安門事件までの中国はそんな世界でした。もちろん不便もたくさんありましたし、外国人に対する酷い扱いもありましたが、中国の一般庶民は文化大革命の混乱から早く正常で常識的な生活を回復しようと一生懸命に生きていました。共産党の幹部連中が特権を振りかざして社会の希少資源を独占して私腹を肥やしていましたが、庶民は黙ってそれに耐えながら自分の生活を少しでも良くしようと頑張っていました。私はそんな中国人が好きだったんですよ。

 でも、さずがに我慢の限界だったんでしょう。そもそも共産主義は平等で民主的な理想の社会を実現するイデオロギーとして宣伝され、共産党はそれを実現する前衛的組織として人民のために奉仕するはずだったはずです。まともな常識的判断のできる人間なら、そんなのはペテンに過ぎないと理解できますが、社会経験が乏しく理想論に扇動されやすい若者は、往々にして共産主義者になってしまいます。そして、いつの間にか「理想を追求している俺たちは偉いんだ」ということになり、特権化し差別的になり、最終的に専制主義者になっていくのです。

 理想を実現するために行動している連中が、最も理想から乖離し堕落していく。中国共産党もその例外ではなく、結党当初からそういう性格を帯びていき、理想に燃えて革命に参加した大量の中国の若者たちもその犠牲になっていくわけです。以前紹介した林昭も中国共産党の革命騒ぎの中で犠牲になった若者の一人ですね。1980年代、文化大革命直後の中国の庶民は、こういう混乱はもうこりごりだったのだと思います。

 理想の絶対化は、今で言う“ポリティカルコレクトネス”と同様に、際限の無い糾弾と闘争を社会にもたらします。そもそも絶対化できる理想などというものは、この世界に存在しないのです。そう思いませんか。それが存在するということにして、それを否定するものは抹殺して良いということになれば、そこにはもはや自由も民主主義もありません。それどころか、まともな人間的生き方もありません。結局、ある正しさを絶対化することは正しくないのです。と言っても、人を殺していいとまでは言いませんがね。

 1949年、中国共産党が支配する“新中国”が誕生しました。それ以降、共産主義の理想が絶対化された中国は、その理想から最も遠ざかった地獄のような世界になったのです。絶え間なく続く“糾弾”と“闘争”によって、聞くところによれば数千万人の中国人が殺されたのです。現在の中国共産党の指導者たちが、どのように歴史を歪曲したとしても、この事実は変わりません。彼らの絶対的理想が作り上げたのはこの世の地獄なのです。

 私は天安門事件で、まともな人間の社会を再現したいという思いで立ち上がった学生や市民の姿を見てきました。別に彼らは共産党政権を転覆させて権力を握ろうとしたのではありません。ただ単に“普通の社会”を作りたいのでその意見を聞いてもらいたい、と思って勇気を出して発言したに過ぎません。彼らは自分たちの無力をよく知っていました。

 それを、武力で弾圧したのが中国共産党です。学生や市民に不当な要求は何一つありませんでした。彼らは人間的な生活がしたいと訴えただけです。それを中国共産党は許さなかったわけです。許さなかっただけではなく、殺しまくったのです。これのどこに正当性があるのでしょうか。全く正当性はありません。中国共産党とは、日本で言えば“暴力団”のような存在です。まともに相手にするべき組織ではありません。

 そのまともに相手にしてはならない組織が、天安門事件後も生き残り、今や世界中を恫喝しているのです。「俺の言うとおりにしないと痛い目に遭うぜ!」とね。現在の中国は言ってみれば中国共産党という暴力組織の“植民地”のようなものです。“解放前”の半植民地状態ではなく、今は全くの植民地状態なのです。日本も呑気にかまえていると、この暴力組織の植民地になってしまいますよ。

 日本の一般庶民は、何となくその不安感があるのだと思いますね。安倍自民党が選挙で連戦連勝したのは、おそらくその表れです。日本人は安倍さんに期待し続けたんですよ。その安倍さんが暗殺されてしまったのです。そのショックは大きいですよ。今の政界にそれを正しく理解している政治家が・・・何人いるのでしょうか。

 不安です。