文字改革---ウイグル人が経験した「文革」最大の災難 その一

 今回から、イリシャット・ハッサン・コクボレさんの『維吾爾雄鷹 伊利夏提① 中国植民統治下的「東突厥斯坦』P282の「文字改革---維吾爾雄人経歴的「文革」最大劫難」という文章を翻訳していきます。今回は前半です。

 前三回は「人口侵略」がテーマでしたが、今回のテーマは「言語侵略」です。

 漢民族ウイグル人のように中国国内に住む人口比較上少数の異民族を支配する場合、その歴史や文化や思想を象徴している言語を奪い取るという政策が歴史的に度々行われてきたということですね。いわゆる文化的ジェノサイドということですが、中国は二一世紀の今日に至っても未だにこのような前近代的な野蛮な政策が実行されているわけです。

 では、日本のように中国の支配権下にはない、比較的人口規模の大きな国に対してはどのような「言語侵略」が行われているのでしょう。そんなものはない、と考えている人の方が圧倒的に多いと思いますが、私は現実に行われていると思っています。

 一つは有名な「孔子学院」ですよ。中国語の学習を通じて彼らのイデオロギーを日本人に注入していく作業です。ある外国語に興味を持ったときに、その言語を使ったどんな文章を読んだり聞いたりするのかは、その人に思考にかなり影響を与えます。中国共産党が作成した教科書とプログラムで中国語を学べば、それは中国のイデオロギー教育そのものになりますからね。

 もう一つは、日本語を習得した中国人を大量に日本社会に送り込むことです。彼らが多くの日本人と接触し、日常的に接することで、その中国人個人に対するイメージと中国という国家のイメージを混同させることができます。性格が明るく人当たりのよい中国人に接していれば、きっと中国も“そんな国”だと勘違いさせることが可能です。

 まぁ、私が以前面識があったある中国人は、翻訳教室を開いて中国語翻訳を学びに来る日本人に積極的に中国側のプロパガンダ書籍を翻訳させていますが、これなんかも一種の「言語侵略」のようなものですね。

 10年以上前に、仕事で中国国際図書進出口公司の職員とやり取りしていたことがあります。その人に中国について深く知りたいのだけれど、どんな新聞や雑誌、書籍を読んだらよいか尋ねたことがあります。彼とは結構親しくなっていたんですが、きっぱりと言われましたね。「ああ、それなら香港の雑誌か書籍を取り寄せて読んだ方がいいね。中国のものは読んでも無駄だよ。」とね。

 その香港も終に「陥落」してしまいました。
 まぁ、残るは台湾です。ここは守らないと・・・。

 それでは訳文です。

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漢民族の文字に対する中国共産党の敵視

 「文化大革命」によって、中国共産党統治下の全ての民族に災難が降りかかったことは全く疑いのないことだ。しかし、中国共産党統治下のウイグルチベット南モンゴルにもたらされた災難は、「極端な大漢民族主義を帯びた」民族絶滅政策的性質をより強く持っている。

 「文化大革命」のこの様な「非漢民族」に向けた民族絶滅運動は、その他の民族が依拠している民族的独自性を破壊するという点に突出して現れた。言い換えれば、「非漢民族」と漢民族を区別する「異民族」としての文化や信仰、歴史的独自性を破壊したということでもある。

 東トルキスタンにおいては、ウイグル語の貴重な経典の焼却、ウイグル的特色を持つ碑文や壁画の破壊、ウイグル的特色のあるモスクや荘園、家屋のような歴史的建造物の取り壊し、ウイグル的特色のある教育の禁止、ウイグル的な服装や装飾品の禁止などが行われた。

 多くの人々、特に漢民族の学者がこの点について一貫して明確に認めてこなかった。それは「文化大革命」について完全に否定的な民主運動家も同様である。もちろん、そのような漢民族の学者の中には、心の中の大中華思想を拭い去ることができないために意図的にわからないふりをしてる知識人や民主運動家もいることを、私も否定しない。

 「文化大革命」という「非漢民族」に対する民族絶滅行為の最も恐るべきものは、根本的解決を目的として「文字改革」という名称で東トルキスタントルコ語民族に対して実行された文字改革政策である。

 中国共産党ウイグルやカザフなどのトルコ語民族に対して実施した「文字改革」は、1959年から制定・施行され、旧ウイグル文字のローマ字化による新ウイグル文字の使用から始まった。それは1960年に一部地域で試験的に進められ、1962年には全面的徹底的に旧ウイグル文字の排除が行われた。

 「新ウイグル文字」の使用は、1983年9月13日、「新疆ウイグル自治区」第五回人民代表大会・常務委員会第十七回会議における《新疆ウイグル自治区人民代表大会常務委員会 全面的に旧ウイグル・カザフ文字の使用することに関する決議》によって、新ウイグル文字が廃止され、旧ウイグル文字を復活させるまで続いた。

文字改革によって文盲になるウイグル人

 この種の「民族絶滅行為」は、中国共産党植民政府によって、悲漢民族である異民族の同化政策として、民族の裏切り者たちによって「文字改革」の名の下に強制的に実行された。ウイグルの「文字改革」は、所謂「文化大革命」期間を含めて20数年間にわたって続けられ、少なくとも二世代(十年間の基礎教育を一世代とすると)のウイグル人を徹底的に文盲にしてしまった。

 「文字改革」は老獪なご都合主義者の周恩来が提出したものだが、その中心には、やはり漢民族の統治者が持ち続けている「非我族類、其心必異(異民族を信じるな)」、「只要是処於我大漢統治、就必須漢化(漢民族が支配するところは全て漢化される)」という大中華思想が存在している。

 偽りの「文字改革」の名の下に、根本的解決策として実施された民族絶滅政策は、歴史全体を眺めてみれば、漢民族統治者が機会さえあれば必ず試してきたものであり、只単に名称が異なっているに過ぎない。

 近代の国民党統治時代では、虐殺者盛世才が東トルキスタン統治時代に短期間試みている。これは、別に目新しい話ではない。

 しかしながら、この種の偽りの「文字改革」によって行われた民族絶滅政策は、どの時期においても惨敗に終わり、一つも成功していない。成功しなかった原因は、もちろん植民地主義者の実行力不足にあったとか、血の気の多い中国共産党の犬たちが「文化大革命」で破壊してしまったということではなく、多くのウイグル人やカザフ人など東トルキスタンの各民族の志を持った人々が激しく抵抗し、時には流血の犠牲も厭わない戦いを行ったからだ。

 漢民族の多くの学者や、賽福鼎・艾則孜(当時の自治区主席)、格爾夏(当時の文字改革委員会副主任)、阿卜杜拉・紮克若夫(当時の文字改革委員会主任)などのようなウイグルの裏切り者たちは、その後の回想録の中で中国共産党ウイグル人に対して強制した「文字改革」を振り返って、「文化大革命」が彼らとご主人様(中国共産党指導者)による「文字改革」の強制実行が計画半ばで挫折してしまったと、未だに時折嘆いている。
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 これで前半です。

 きついよなぁ、ウイグルの人たちは。
 こんなことされてどんな気持ちでいるのだろうか。
 つらいだろうなぁ。