万歳突撃の思想

 昨日は77回目の所謂“終戦記念日”でした。実際には敗戦記念日ですが、まぁ、何か自然災害でも終わったかのような、誰にも責任が無かったかのような、徹底的に自分たちを叩きのめした相手がいなかったかのような表現をして、日本人は現実から逃げてきたということなのでしょう。

 日本人は困難な現実から逃げるという精神的な癖がありますよね。核兵器を持って他国を脅したり、侵略したりする極悪国家が近隣に三つも揃っているのに、未だに自国の防衛を担う組織を合憲化できないんですから。それなりの規模を持っている国家としてスタンダードな国防論議をすると右翼扱いされてしまうんですから。

 今日は2014年に別のブログに書いた文章を再掲載します。その時の題は「万歳突撃の思想」でした。安倍元総理が暗殺され、中国の台湾侵略が迫った77年目の“大東亜戦争敗戦の日”になっても、依然として内容的に通用すると思っています。
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万歳突撃の思想(2014年3月1日)

 『ここは重要ですね。大正時代の帝国陸軍首脳が「これは参った」と真剣に悩んだのは、技術の質的な模倣ではなくて、まさに近代的マスプロの規模の問題、国内重工業の「段階」の未熟さであったと思います。

 たとえば日露戦争満州平野では、師団砲兵の主力であった七五ミリ野砲に発射させるタマの供給が、全く間に合わなくなってしまった。開戦前まで、普仏戦争におけるプロイセンの砲兵隊の消耗費量を基準に考えていて、砲弾も砲兵工廠だけで作っていたのですが、それでは到底、足りはしなかったわけです。(中略)

 ところが、それから九年後、大正三年に始まった第一次世界大戦では、奉天戦の数十万発砲弾のごとき、わずか一日で射耗される分量にしかすぎなくなった。それを、英、仏、独、それからのちには米国の工業界は、簡単に供給してのけたのです。この「量」に関するリポートこそが、日本陸軍の首脳を驚殺した。(中略)

 あの山県有朋が、第一次世界大戦を境にして、すっかり判断力が曇ってしまうのも、この「量」の格差の問題をなんとかしてくれる有能な「配下」が、国内に見つからなかったためです。それで、小銃が主体だった奇兵隊の地金を出し、「和服にタスキがけでも戦争はできる」と、増師問題で自分なりのレトリックを言い出さねばならなかったことは、何とも哀れでした。

 マル経風な言葉を使えば、これが昭和陸軍の「下部構造」であった。そこから「弾惜しみ」という世知辛い必要が生じ、そこから「白兵賞揚」という軍隊内部の教育方針が、やむをえず生じざるをえなかったのでしょう。』(「坂の上の雲では分からない 旅順攻防戦 乃木司令部は無能ではなかった」別宮暖朗著 [対談]兵頭二十八 並木書房 P26~P28)

 文中にある「白兵賞揚」の“白兵”は、銃剣など刃物を主として用いる近接戦闘のことです。戦後一時期の日本映画でよく描かれてきた、日本兵の突撃シーンを思い浮かべれてもらえば、この「白兵」の意味は分かります。日本軍、あるいは日本陸軍とくれば、「肉弾攻撃」とか「万歳突撃」、「玉砕戦法」などといった単語が必ず連想されるようですが、これは決して日本軍の将校や兵士が、狂信的であったわけでも愚かであったわけでもありません。この別宮暖朗さんの著書で兵頭二十八さんが述べているように、第一次世界大戦のような天文学的規模の弾薬を消耗する物量戦に対応できるような基礎的工業生産力を日本が持っていなかったためです。

 それでも当時の欧米列強が進めていた世界規模の植民地獲得戦争に対抗して日本の不羈独立を守るためには、日本も相応の軍事力でそれに対抗しなければなりませんでした。そこで強調されだしたのが“精神力”だったということでしょう。貧乏だった日本の悲しい現実ですが、私たちのご先祖様たちはこの国を守るために必死だったのです。私はそれを狂信的とも愚かとも思いません。

 当時の日本軍にとって、近代的な軍隊としての理想はやはり十分な火力や機動力をもった、機械化された軍隊であることに変わりはありません。それは、国威発揚を目的として作られた当時の戦争映画を見ればよく分かります。「土と兵隊」にしても「上海陸戦隊」にしても、決してファナティックな白兵突撃のシーンはありません。戦闘の勝敗を決する最後のシーンでは銃剣をきらめかせて突撃しますが、これは当時の他国の軍隊でも同様でした。これらの映画は“宣伝”として描かれたものであるにしても、兵士の命はそれ相応に大事にされているし、指揮官が訳の分からないことを怒鳴り散らしながら無謀な命令を出すこともありません。

 戦後の日本映画が描いてきた日本軍の姿は、これに比べるときわめて非理性的です。闇雲に怒鳴る上官、銃剣を抱えて走り回るだけの、まるでヤクザの喧嘩のような兵士たちの動き、敵に対する根拠の無い優越感や横暴な態度。もちろんそういう傾向が無かったとはいいませんが、光人社のNF文庫に収録されている実際の戦争を経験した方々の記録を見る限り、当時の本物の日本兵の行動や思考は、現在の私たちと比較しても特に違和感を感じるものではありません。いたって普通です。

 上掲の文章は兵頭さんの発言部分ですが、私はこういう話を聞くたびに、日本人の精神的土台に、言ってみれば「万歳突撃の思想」のようなものが、戦前戦後を通じて大きな影響を与えているような気がしてならないのです。その最も典型的なものが特攻です。もちろん私は特攻に殉じた方々を貶めるつもりは一切ありません。私が問題にしたいのは、特攻を立案した軍上層部に「万歳突撃の思想」が色濃く存在していたことです。要するに、直面する複雑な問題に対処しきれなくなり、そのまま思考停止に陥り、一種の精神的パニック状態になりながら、単純な結論にすがりついて劇的で短絡的な行動をとってしまう思考方法が特攻を生み出したのだと思うのです。

 当時の日本軍に「万歳突撃の思想」が色濃くあったからといって、上から下までそうだったなどと言うつもりはありません。たとえば栗林中将が率いた硫黄島守備隊です。最終的には必ず敗北する、つまり死ぬ、という恐ろしい重圧を感じながら、彼らは指揮官から一兵卒まで一丸となって合理的で堅固な守備陣地を作りあげ、アメリカの大規模な攻撃に対して、最後の最後まで粘り強く戦い抜いたのです。ペリリュー島や沖縄もそうでした。空の闘いでは、美濃部正少佐が率いた芙蓉部隊の戦いもきわめて冷静で合理的なものでした。

 彼らに共通しているのは、直面する複雑な問題を真っ正面から冷静に見つめ、収集可能な情報を全て収集して正確な状況を把握し、整えることの出来る条件は全て整え、劇的で短絡的な行動を慎み、最後の最後まで粘り強く戦い抜くという姿勢です。

 戦争だけではありません。どんなことをやる上においても、何かを達成するためにはこの姿勢は絶対に必要です。日本人には本来このような精神が備わっているのです。今回の冬季五輪で見せた浅田真央さんの最後の演技や葛西紀明さんのジャンプにそういうものを感じないでしょうか。あるいは東日本大震災の時に見せた東北の方々の行動にもそういう精神が明確にあったのではないでしょうか。そもそも、アメリカ軍の大規模な空襲によって二度と立ち上がれないと考えられたほどの国土の破壊を被りながら、戦後奇跡の復興を成し遂げ、世界第二位の経済力を持つまでに発展できたのも、まさに日本人のこの種の精神の賜だったといってよいのではないでしょうか。

 ところが、日本人は時々思い出したように「万歳突撃の思想」に支配されてしまうことがあります。特攻という作戦が始まってからしばらく経つと、陸軍でも海軍でも、それを否定するようなことが口に出せない雰囲気になっていったということが様々な記録に書かれています。それは、芙蓉部隊指揮官の美濃部正少佐が、沖縄戦に関する会議で、練習機を使用した特攻に全く効果がないことを論理的に主張した際に、軍法会議にかけられることを覚悟していたということでも証明できます。「万歳突撃の思想」には、このような「同調圧力」がつきもののようです。もともと「万歳突撃の思想」には論理的に積み上げられた理論的土台がありません。だから、それに同意させるには「同調圧力」を使う以外、他に方法が無いのです。

 さて、私は所謂「戦後秩序」あるいは「戦後体制」といったものも、この「万歳突撃の思想」の産物だと思っています。その代表が日本国憲法です。世の中には九条の会なる組織があるようですが、この手のサヨク団体は、基本的に《;憲法改正=戦争》と主張しています。日本国憲法を改正(彼らにとっては“改悪”ですが)したら、日本はすぐさま他国に戦争を仕掛けるようになるというのです。そして、人々に「憲法を守りますか、それとも戦争をしますか」という、きわめて刺激的で短絡的な問いかけをしています。人間誰しも意味も無く戦争などしたいとは思っていません。したがって、この問いかけへの答えは「憲法を守る」でしかないわけです。問いかけ自体が「同調圧力」的です。

 でも、冷静によく考えてみてください。仮に日本国憲法の、特に問題になっている第九条を改正して国の交戦権を認めたところで、日本がすぐに対外戦争を始めることになると思いますか。安倍総理が、彼らの言うように「極右」の「独裁者」であったとしても、一国が対外戦争を始めるには、相応に長い準備期間が必要なのです。また、戦争は国民に死の覚悟をさせるということなのですから、国民が納得できる目的を提示できなければなりません。つまり、実際のところ、第九条を変えた程度で簡単に戦争などできるわけがないのです。「日本国憲法を守れ」と宗教教義のように叫んでいる連中のレベルは、特攻を批判した美濃部正少佐に対して「必死尽忠の士の進撃を何者がこれをさえぎるか、第一線の少壮士官が何を言う」と怒鳴りつけた参謀と同じレベルだと、私は思うのです。

 そうわかっていても「日本国憲法を守れ」には強い同調圧力があります。
 日本には憲法改正に賛成する人間をあたかも右翼の戦争バカ扱いする雰囲気が依然として強く存在するのです。

 脱原発もそうです。私はこれも「万歳突撃の思想」が生み出したものだと思っています。福島第一原子力発電所の事故は確かに衝撃的でした。現在でも汚染水の流出があり、新聞やテレビがセンセーショナルに報道しています。しかし、よくよく情報を調べてみれば、漏れ出している汚染水の汚染レベルは、欧米の正常運転中の原発から放出されているレベルより高いとは言えないとも言われています。福島県の非避難地域の汚染レベルよりも西日本の汚染レベルの方が高くて、その原因は過去50回近く行われた中国の核実験によるものだとも言われています。言われてみれば、その通りです。核実験は隔壁の中で行うわけではありません。50回近い核実験が行われたということは、50回近い大規模な原発事故が起きたのと同じことです。

 札幌医科大学の高田純教授の推計によれば、中国に占領されているウイグル東トルキスタン)で行われた核実験によるウイグル人の犠牲者は19万人に及ぶとなっています。黄砂やPM2.5だけではなく、放射能汚染物質も中国から西日本へ流れ着いているということです。

 現在日本は全ての原発をストップさせているので、止めていた火力発電所も使って電力供給をしています。海外からの燃料輸入の額は3兆円から4兆円に達しようとしています。それだけアメリカの石油メジャーをぼろ儲けさせてあげているわけです。そういえば、今回の都知事選に立候補した細川護煕を担ぎ出した小泉純一郎はずいぶんブッシュ大統領と仲がよかったですね。確かそのブッシュ大統領の後ろにはアメリカの石油メジャーがいたのではなかったかしら。それで「脱原発」ですかね。いずれにしても、《原発放射能=怖い》という誰もが反対しがたい公式の前に大半の日本人が思考停止状態です。そして、少しでも再稼働を許容するような発言をしようものなら、鬼の首でも取ったように批判されるわけです。

 私自身、別に原発推進派というわけではありません。段階を決めて代替エネルギーの開発を進めながら、原発依存度を下げていくことには賛成しています。しかし、「原発即廃止」には賛成しません。これは、サヨクの「平和主義」と同じニオイのする言葉です。つまり、戦争や戦争にまつわる全ての事柄を目の前から無くしてしまえば戦争は無くなるというような発想です。あたかも自分の頭の中からそれにまつわる全ての記憶や知識を消してしまえば、現実にもそれが無くなってしまうかのような宗教的錯覚です。まさにこれこそが「万歳突撃の思想」なのです。問題があるならなおさらそれについてしっかり対処していかなければなりません。劇的かつ短絡的に物事を変えてしまうことは出来ないのです。

 今日は長くなったのでもうやめますが、河野談話の再検証問題も同じだと思います。今さら再検証するなんて恥の上塗りにすぎないという意見も見受けられますが、これは恥の問題ではありません。事実を究明するかしないかの問題なのです。そこに嘘があるなら、日本人の名誉にかけて「それは嘘です」と言わなければならないのです。百年、千年かけてでもそれを究明するという粘り強さが求められる問題なのです。思考停止に陥ってはなりません。

 疲れました。
 もう寝ます。
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 この文章を書いてから8年以上経ちました。
 8年経っても、この国は何も変わりません。
 いい加減、変えましょうよ。

ちょっと雑談

 今回は翻訳はお休みです。ちょっと思うところをつらつらと書いてみるだけです。

 世の中が荒っぽくなってきましたよね。私の“青春時代”はバブル経済の絶頂期からバブル経済崩壊後の、まだその余韻が残っていた頃でした。世の中の雰囲気的には1997年の消費税増税ぐらいまではバブル経済の気分が残っていたと思います。日本は世界第二位の経済大国で、分野によっては第一位のアメリカさえ凌いでいた世界に冠たる経済大国だったですよね。今は見る影もないですが。

 私が北京に留学したのは1988年の夏のことでした。北京空港に降りたって学校が迎えによこした車に乗って学校に向かっていたとき、道路脇には馬車が走っていましたよ。北京の市街地には日本企業の大きな広告看板が建ち並び、何となく誇らしさを感じたものでした。休日に地方の都市へ旅行に行ってタクシーに乗ったとき、運転手が自慢しながら自分の腕時計を見せてくれたんですよ。「日本製だぜ!」と言いながら、本当に嬉しそうでしたね。

 当時の中国で“反日感情”に出会った経験は全くありません。ある都市で一人寂しく食堂に入ったとき、店主が「おまえどこから来た?」と言うので「日本から来た」と答えたら、満面の笑みで注文していない料理を一品追加サービスしてくれたしましたね。そういう雰囲気があったんですよ。当時は外国人が入れない中小都市というのがありましたが、そんな街に入ったときのこと、すぐに公安が後ろから付いてきたんですよ。ところが、翌日この公安が旅館の前で待っていて、ちょっと緊張しましたが、結局彼は飯を奢ってくれたんですよ。

 天安門事件までの中国はそんな世界でした。もちろん不便もたくさんありましたし、外国人に対する酷い扱いもありましたが、中国の一般庶民は文化大革命の混乱から早く正常で常識的な生活を回復しようと一生懸命に生きていました。共産党の幹部連中が特権を振りかざして社会の希少資源を独占して私腹を肥やしていましたが、庶民は黙ってそれに耐えながら自分の生活を少しでも良くしようと頑張っていました。私はそんな中国人が好きだったんですよ。

 でも、さずがに我慢の限界だったんでしょう。そもそも共産主義は平等で民主的な理想の社会を実現するイデオロギーとして宣伝され、共産党はそれを実現する前衛的組織として人民のために奉仕するはずだったはずです。まともな常識的判断のできる人間なら、そんなのはペテンに過ぎないと理解できますが、社会経験が乏しく理想論に扇動されやすい若者は、往々にして共産主義者になってしまいます。そして、いつの間にか「理想を追求している俺たちは偉いんだ」ということになり、特権化し差別的になり、最終的に専制主義者になっていくのです。

 理想を実現するために行動している連中が、最も理想から乖離し堕落していく。中国共産党もその例外ではなく、結党当初からそういう性格を帯びていき、理想に燃えて革命に参加した大量の中国の若者たちもその犠牲になっていくわけです。以前紹介した林昭も中国共産党の革命騒ぎの中で犠牲になった若者の一人ですね。1980年代、文化大革命直後の中国の庶民は、こういう混乱はもうこりごりだったのだと思います。

 理想の絶対化は、今で言う“ポリティカルコレクトネス”と同様に、際限の無い糾弾と闘争を社会にもたらします。そもそも絶対化できる理想などというものは、この世界に存在しないのです。そう思いませんか。それが存在するということにして、それを否定するものは抹殺して良いということになれば、そこにはもはや自由も民主主義もありません。それどころか、まともな人間的生き方もありません。結局、ある正しさを絶対化することは正しくないのです。と言っても、人を殺していいとまでは言いませんがね。

 1949年、中国共産党が支配する“新中国”が誕生しました。それ以降、共産主義の理想が絶対化された中国は、その理想から最も遠ざかった地獄のような世界になったのです。絶え間なく続く“糾弾”と“闘争”によって、聞くところによれば数千万人の中国人が殺されたのです。現在の中国共産党の指導者たちが、どのように歴史を歪曲したとしても、この事実は変わりません。彼らの絶対的理想が作り上げたのはこの世の地獄なのです。

 私は天安門事件で、まともな人間の社会を再現したいという思いで立ち上がった学生や市民の姿を見てきました。別に彼らは共産党政権を転覆させて権力を握ろうとしたのではありません。ただ単に“普通の社会”を作りたいのでその意見を聞いてもらいたい、と思って勇気を出して発言したに過ぎません。彼らは自分たちの無力をよく知っていました。

 それを、武力で弾圧したのが中国共産党です。学生や市民に不当な要求は何一つありませんでした。彼らは人間的な生活がしたいと訴えただけです。それを中国共産党は許さなかったわけです。許さなかっただけではなく、殺しまくったのです。これのどこに正当性があるのでしょうか。全く正当性はありません。中国共産党とは、日本で言えば“暴力団”のような存在です。まともに相手にするべき組織ではありません。

 そのまともに相手にしてはならない組織が、天安門事件後も生き残り、今や世界中を恫喝しているのです。「俺の言うとおりにしないと痛い目に遭うぜ!」とね。現在の中国は言ってみれば中国共産党という暴力組織の“植民地”のようなものです。“解放前”の半植民地状態ではなく、今は全くの植民地状態なのです。日本も呑気にかまえていると、この暴力組織の植民地になってしまいますよ。

 日本の一般庶民は、何となくその不安感があるのだと思いますね。安倍自民党が選挙で連戦連勝したのは、おそらくその表れです。日本人は安倍さんに期待し続けたんですよ。その安倍さんが暗殺されてしまったのです。そのショックは大きいですよ。今の政界にそれを正しく理解している政治家が・・・何人いるのでしょうか。

 不安です。

ウイグル人をテロリストにする中国共産党

 引き続き、イリシャット・ハッサン・コクボレさんの著書を読んでいきます。今回は『維吾爾雄鷹 伊利夏提③ 東突厥斯坦的独立未来』P130に掲載されている「誰在進行極端宗教宣伝」です。非常に興味深い内容の体験談です。

 簡単に言うと、中国共産党の手下となっているウイグル人東トルキスタン各地のモスクを支配するだけでなく、ウイグル語訳「コーラン」の内容まで中国共産党の支配に都合がいいように書き換えていること。そして、中国共産党の手下となっているウイグル人宗教学者たちが、本来禁止されているはずのイスラム原理主義の宣伝を公に行い、アメリカや西側諸国に対する「聖戦」、要するにテロを呼びかけていることです。

 イリシャットさん自身、東トルキスタンからトルコに訪問してきたウイグル人の老人から聞いた話として紹介している内容ですから、どこまで本当のこのなのかは、私には判断できません。しかし、中国共産党なら当然このような悪質な民衆扇動をしたとしても何の不思議もありません。

 中国共産党は、おそらく日本でも似たような民衆扇動を試みていると考えてよいのではないでしょうか。少なくとも日本の新聞・テレビのようなメディアの中には、中国共産党出先機関のような報道をしているところがありますよね。

 それでは訳文です。

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いったい誰が宗教原理主義の宣伝をしているのか?

中国共産党に支配されるモスク

 2014年5月末、子供に会うためにトルコへいったとき、私はついでに友人や同業者、そしてイスタンブールウイグル団体を訪問した。最後の数日間、あるウイグル人の友人が私に、ふるさとからやって来たある老人が私に会いたいといっていると聞いた。友人によると、その老人は人々から尊敬されている高潔なイスラム宗教学者だという。

 私はそれを聞いてとても嬉しくなった。トルコに来るたびに、ふるさとの状況について話してくれる人はいないかと思ってきたけれども、危険を冒して私に会って実情を話してくれる人は一向に見つからなかったからだ。特に私を興奮させたのは、徳が高く名声の高いイスラム宗教学者とお話しできるということだった。これは本当に得がたい絶好の機会だった。仮に故郷であったとしても、この様な機会は得がたいものだっただろう。ましてふるさとを離れて10数年の今日、しかもトルコで、となればなおさらだ。

 面会の場所は友人のウイグル料理の店だった。私たちは入り口で待ち合わせ、友人によって紹介された後、店の地下室に案内された。友人は、ここなら人は来ないから、と私に告げた。その後、友人は用事を思い出して出て行き、中には私と老人の二人だけが残された。私たちはお茶を飲みながら、お話を始めた。

 老人は私に挨拶をした後、長いため息をついてから話し始めた。

 老人が先ず私に語ったことは、現在、共産党政府は定年退職後の信頼できるウイグル人共産党員を積極的にモスクの管理会に入るように進め、モスクを支配しようとしているということだった。この様にして入ってきた共産党員がいかに敬虔なイスラム教徒を装っているか、礼拝に来る人々をどの様な言葉で誘引しているか、神学者や礼拝に来た人々をどのように監視しているのか、彼らがモスク内で話していることややっていることを毎日どのように上司に報告しているか、といった内容だった。

 老人はまた、この様な話もしてくれた。現在、中国共産党は、モハンマド・サリ・ハジム(Muhemmed Saly Hajim)が 80年代末に翻訳したウイグル語版『コーラン』の出版を停止している。その理由は彼の『コーラン』には問題があるからだという。共産党は現在、自分たちの支配下にある所謂「イスラム学者」で組織した『コーラン』翻訳委員会によって翻訳したウイグル語版『コーラン』に置き換えているのだという。

多くのウイグル人が家族全員で逃亡

 老人によると、翻訳委員会のメンバーの半分近くが非イスラム教徒であり、その他のメンバーも党に従順な「五好(政治意識が高く、思想も良く、良く学習し、愛国・愛党である者)」宗教学者だという。この翻訳委員会が翻訳出版したウイグル語版『コーラン』には、経文の中に意図的な曲解や中国共産党の意図に沿った解釈が見られ、良識のある敬虔なイスラム宗教学者にとっては困ってしまうぐらい恥ずかしいものになっているという。

 話の最後に、少し躊躇したような様子で老人は私に質問してきた。「イリシャットさん、東南アジアに突然多くのウイグル人が逃げてきた理由をあなたはご存じかな?」私は激高しながらすぐに返答した。「それは中国共産党政権が長期にわたってウイグル人を迫害し、弾圧し、虐殺してきたからでしょう。ウイグル人はもはや自分の故郷で生きていくこともできない。東トルキスタンウイグル人がいることのできる場所なんてもう無いんですよ。」

 老人は沈痛な面持ちで私をしばらく見つめ、頭を横に振りながらこう言った。「そうじゃないんだ、イリシャットさん、そうじゃないんだ。故郷の状況は私たちウイグル人もとって非常に劣悪で、共産党が無実の者を虐殺しているのはその通りじゃ。しかし、一家全員でウイグル人が東南アジアに逃亡している本当の原因はそれじゃないんじゃよ。」

 私は本当のことが知りたくなって老人に問いただした。「ならばいったい何が原因なんです?何が原因で多くのウイグル人が一家そろって逃亡しているのです?」

 老人は周囲を見渡して警戒しながら自分の座っている椅子を私の方に引き寄せてその理由を話し始めた。

奇っ怪な「移動・聖戦」宣伝

 それはおそらく一年ぐらい前から始まったのだろう、と老人は話し始めた。東トルキスタンの各城鎮に、中年と若者の奇妙なウイグル人イスラム宗教学者たちが現れて、半ば公然と「移動」と「聖戦」の宣伝活動を始めたのだという。

 彼らのスローガンはこんなものだ。イスラム教徒の聖地が異教徒に占領され、その地のイスラム教徒が異教徒による弾圧や迫害に抵抗できずにいるのならば、モハメッドの教えに従って躊躇せずにその地へ移動しなければならない、自分の故郷に留まることは許されない、というものだった。これは暗に東にある中国に向かって進み、雲南貴州の境を超えて東南アジアへ移動し、最終的に西アジアや南アジアのムスリム国家に達するという道筋を意味している。

 最も異常なのは、こうした連中が半ば公然とムスリム国家へ「移動」するように大声で呼びかけている点だ。移動後は国際的な聖戦組織に加わってイスラム世界の国際的大「聖戦」を支援し、この世界における最大の敵であるサタン「アメリカ及び西側諸国」に対する「聖戦」を呼びかけているのだという。

 しかも、彼らが特に強調しているのは、本物のイスラム教徒なら自分の祖国のことなど考えるべきではないということらしい。つまり、自分の祖国のためだけに戦うイスラム教徒は敬虔なイスラム教徒ではなく、東トルキスタンなどという名称は忘れた方が良いということだ。そして、先ずは人類最大のサタンである「アメリカと西側諸国」に対して「聖戦」を遂行し、最終的にイスラム教徒の地を解放するのだという。

 私は老人に疑問を投げつけた。「東トルキスタンには共産党密偵が潜り込んでいる。彼らは逮捕されて宗教原理主義者として銃殺されるのを恐れていないのか?そんなにも度胸があるのか?そんなに大っぴらに宣伝活動をしても全然怖くないっていうことか?」

 老人の答えはこうだった。「問題の鍵はそこじゃよ、イリシャットさん。連中は共産党を恐れていないだけじゃなく、半ば公然と宣伝活動をしているんじゃ。しかもおかしなことに、共産党の警察も密偵も連中のことを全然気にかけてないようなんじゃ。」

権謀術数が得意な中国共産党

 老人はさらに続けた。彼とその他の何人かのウイグル学者たちは、なんとかしてこの様な原理主義的宣伝活動をやめさせなければならないとおもい、密かに何人かの弟子たちを派遣して、人々に連中の宣伝内容を安易に信用して自分の故郷を捨てないように説得させた。聖なる行為としての「移動」にも条件があり、自分の祖国を守ることこそ全てのウイグル人イスラム教徒の義務なのだ。ウイグル人を迫害したり弾圧したりしているのは中国政府であり、決してアメリカや西側諸国ではないのだと。

 老人の弟子たちが説得を初めて二三日も経たないうちに、警察が彼らを逮捕し始めたという。老人は連中の奇妙なところはこういうところにも現れていると語った。特に老人が強調したのは、警察に逮捕されたのは老人の弟子たちだけで、「移動」や「聖戦」を大声で呼びかけていたあの連中に対しては、中国共産党の警察は見て見ぬふりだったということだ。

 中国共産党の警察の中のあるウイグル人警官が、老人の弟子の一人に、「移動」や「聖戦」の宣伝活動をやっている連中の邪魔をして面倒に巻き込まれてはいけない、と密かに告げたという。これを聞いて老人もピンときて、連中の特別な背景がわかったという。連中は誰かの指令を受けてウイグル人イスラム教徒に対する原理主義的宣伝活動をしているのだ。

 私はこれを聞いてびっくりしてしまい、信じられない思いで、こうつぶやいた。「何ていうことだ、そんなことあり得るだろうか?まさに『道高一尺、魔高一丈(※)』、中国共産党政権って奴は本当に権謀術数のやり手たるに恥じない連中だ!」

 ※『道高一尺、魔高一丈』は、辞書的には“正義の力が強くなれば、邪悪の力も強くなる”ですが、ここでは中国共産党の悪辣な手段が手を変え品を変えて酷いものになってくことに驚きあきれている感じの表現として使われていますね。

 老人は最後にこう締めくくった。「イリシャットさん、私があなたにこういう話をするのも、あなた方に気をつけてもらいたいからなんじゃ。私たちの敵の力は強大だ。だから事の表面的な現象だけに振り回されないでほしいのじゃ。私たちは往々にして単純すぎる。特に一部の若い者たちだ。若くて血気盛んで、簡単に敵に利用されてしまう。原理主義の宣伝をしていた奇妙な連中の後ろには、中国共産党による驚愕すべき大陰謀が隠されているんじゃ。ウイグル人には再び大きな災いが降りかかってきているんじゃよ。」

(本文は2014年7月9日博訊新聞ネットに発表されたもの)
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 何となく、にすぎませんが、現在メディアが大騒ぎしている旧統一教会騒ぎも、何らかの裏があるのではないでしょうか。私自身は特に情報を持っているわけではないので、あくまで、そんな感じがする、という以上のものではありませんが。  

文字改革---ウイグル人が経験した「文革」最大の災難 その二

 引き続き、イリシャット・ハッサン・コクボレさんの『維吾爾雄鷹 伊利夏提① 中国植民統治下的「東突厥斯坦』P282の「文字改革---維吾爾雄人経歴的「文革」最大劫難」という文章を翻訳していきます。今回は後半です。

 本当かどうかは私にはわかりませんが、安倍元首相暗殺の実行犯である山上徹也容疑者には「背景」がありそうだという情報が出回ってきていますね。もちろんその真偽は不明ですが、よくよく思い返してみると、やはり、事の経緯に何となくあやしい感じがしないわけではありません。

 山上容疑者の本当のターゲットは例の宗教団体のトップのはずですが、実際に撃たれたのは安倍元首相です。しかも奈良の前に、わざわざ岡山の方にも出向いて行って安倍元首相を狙っているわけです。現在マスコミが狂ったように報道しているように、例の宗教団体と関係があった政治家は与野党を含めて多数存在するわけです。

 なぜ、安倍元首相なんでしょうか。

 例の宗教とは関係なく山上容疑者のターゲットは安倍元首相であり、そこには何か別の目的があるのではないか・・・、そう考えるのが自然だと思うのです。

 話がそれましたが、イリシャットさんの文章の後半部分です。
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偽物の文革の名の下に行われた文字改革

 この様な「文字改革」の名の下に行われた民族絶滅政策は、先ず「文化大革命」によって計画実施され、それに「文化大革命」によって生み出された極限の恐怖統治が加わることになった。特に東トルキスタンチベット南モンゴルにおける血なまぐさい恐怖統治の環境は、「文化大革命」の名を借りたこの政策を、当然のようにあっという間に全面実施させることになった。しかも「文化大革命」が終わったにもかかわらず、この血みどろの状況は1982年まで続いたのである。

 文化大革命10年間は、その世代のウイグル人の青春時代を滅茶滅茶にし、世界から隔離し、無知蒙昧にした年代だ。ウイグル人はこの10年間、何一つ学ぶことができなかった。しかも、この様な民族絶滅政策が20年以上も続き、このため「文字改革」によって人為的に混乱が作られ、二世代のウイグル人が徹底的に現代の文明社会に於ける文盲にされてしまった。

 仮に「文化大革命」の間に本当の意味での「教育」があったと敢えて考えたとしても、この20年間の間に「教育」を受けたウイグル人は、現在は読むことも書くこともできないのだ。彼らが学んだ新しい文字は、今では完全に廃止されてしまっている。中国共産党植民政権の言う「旧ウイグル文字」、つまり本物のウイグル文字を彼らは理解できない。

 この二世代のウイグル人は、精神的栄養を吸収することのできる民族の歴史という根を中国共産党によって人為的に断ち切られてしまっている。彼らは、現代文明の情報を得ることのできる手段を中国共産党植民政権によって破壊されてしまっている。これこそ人類の悲劇であり、文明の恥だ。

 ウイグル人が、この様な「異人種の文明を敵視する」政権の統治下にいることは極めて不幸なことだ。この二世代のウイグル人は20年間の「文字改革」と10年間の「文化大革命」を経験してきた。この様な悲劇的困難を経験して、彼らは「現代の文盲」となってしまった。これこそ、この二世代のウイグル人の悲劇である。

 文字は、その民族の生存のよりどころであり、その民族の特徴の根本を形作っている。また文字は、その民族の特徴である文化や歴史、信仰、伝統を維持する伝達手段であり、さらに言えば、その民族の文化や歴史、信仰、伝統の伝承を可能にする民族の土台である。

 ある民族が、千年以上使用してきた文字を奪われるということは、高くそびえ立つ大樹の根を断ち切ることと同じであり、どんなに高く伸び繁茂していたとしても、あっという間に痩せ細って枯れてしまうだろう。これこそ中国共産党植民統治者が、「文化大革命」と称して「文字改革」を実行した本当の目的なのだ。

ウイグル人の民族的自覚を恐れて政策を変更

 現在でもウイグル人は「文字改革」を続けるべきだと騒ぐ輩がいて、もしかしたら「文字改革」が再びよみがえるのではないか、ウイグル人の文化の土台を混乱させようとしているのではないかと良心的な人々は心配している。しかし、実際のところ、こうした輩は飼い主の本当の意図を未だよく理解していない。良心的な人々の心配も考えすぎだ。

 中国共産党植民政権が本来のウイグル文字を復活させたのには、実は長いスパンでの考えがあってのことなのだ。

 1982年に中国共産党が本来のウイグル文字を復活させたのは、決してウイグル人の新ウイグル文字に対する強烈な反抗や抵抗があったからではない。それは新ウイグル文字がトルコの使用していた文字とほとんど同じであったことが理由なのだ。この偶然の事実は、中国共産党政権を極度に緊張させた。

 新ウイグル文字を学べば、ウイグル人は簡単に海外の兄弟・・・トルコ民族との間に文化的繋がりを持つことができるようになり、独立している他のトルコ民族の兄弟国家の助けを借りて、民族の文化や歴史の土台を発掘することができるのだ。これこそ中国共産党政権が徹底的に新ウイグル文字を破棄させた根本的原因なのだ。

 それ故に中国共産党植民政権は、所謂「改革解放」のスローガンの下に、ウイグル人の徹底的同化という民族絶滅政策をあからさまに提起し、「双語教育」と称して好き勝手に民族絶滅政策を実施しているのだ。

 文字を変えるという政策は、民族の文化や歴史、信仰との繋がりを断ち切って民族を絶滅させることができるが、それには比較的長い歴史的過程が必要となる。しかし、言語を消滅させるという政策は、さらに徹底的かつ急速に一つの民族を容易に消滅させることできる。

 現代文明社会の衆人環視の中で、一つの民族を実体的に消滅させることは容易なことではない。近代史上の二つの邪悪な国家・・・ソ連及びナチスドイツでも成功することはなかった。中国共産党植民政権の極悪人たちは彼ら失敗に学んでいるのだろう。それ故に、彼らは適当な名目や様々な名称によって民族絶滅政策を強行し、植民統治下にある各民族の徹底的同化を企てて問題の永久解決を図っているのだ。

 「文化大革命」は、中国共産党植民統治者による民族絶滅政策の最初の試みだった。たとえ成功しなかったとしても、彼らはその考えを改めてはいない。武器を手放して良心を取り戻すことなどないのだ。それどころか更に強力な新政策を試みてくるに違いない。

(本文は2016年5月31日のウイグル人権プロジェクトブログに発表したもの)
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 ある民族の言語を奪うことは、その民族を絶滅させること。日本人はあまり意識することはないかもしれませんが、これは実に重要な認識だと思いませんか。別の言い方をすれば、自分の言語を大切にしない民族は自ら滅亡への道を歩んでいるということでもありますね。日本人は日本語を大切にしているでしょうか。

 イリシャットさんは、将来中国共産党はさらに凶悪な手段でウイグル人からウイグル語を奪いに来ると予想して、この文章を締めくくっています。この文章は2016年に書かれた文章ですが、その2年後には東トルキスタン強制収容所がいくつも建設され、百万単位のウイグル人が強制収容されているという、衝撃的なニュースが世界中に伝わりましたね。まさにイリシャットさんの予想したとおりになったわけです。

 こんな残虐な行為を行っている国家との友好関係などあり得るのでしょうか?

 

文字改革---ウイグル人が経験した「文革」最大の災難 その一

 今回から、イリシャット・ハッサン・コクボレさんの『維吾爾雄鷹 伊利夏提① 中国植民統治下的「東突厥斯坦』P282の「文字改革---維吾爾雄人経歴的「文革」最大劫難」という文章を翻訳していきます。今回は前半です。

 前三回は「人口侵略」がテーマでしたが、今回のテーマは「言語侵略」です。

 漢民族ウイグル人のように中国国内に住む人口比較上少数の異民族を支配する場合、その歴史や文化や思想を象徴している言語を奪い取るという政策が歴史的に度々行われてきたということですね。いわゆる文化的ジェノサイドということですが、中国は二一世紀の今日に至っても未だにこのような前近代的な野蛮な政策が実行されているわけです。

 では、日本のように中国の支配権下にはない、比較的人口規模の大きな国に対してはどのような「言語侵略」が行われているのでしょう。そんなものはない、と考えている人の方が圧倒的に多いと思いますが、私は現実に行われていると思っています。

 一つは有名な「孔子学院」ですよ。中国語の学習を通じて彼らのイデオロギーを日本人に注入していく作業です。ある外国語に興味を持ったときに、その言語を使ったどんな文章を読んだり聞いたりするのかは、その人に思考にかなり影響を与えます。中国共産党が作成した教科書とプログラムで中国語を学べば、それは中国のイデオロギー教育そのものになりますからね。

 もう一つは、日本語を習得した中国人を大量に日本社会に送り込むことです。彼らが多くの日本人と接触し、日常的に接することで、その中国人個人に対するイメージと中国という国家のイメージを混同させることができます。性格が明るく人当たりのよい中国人に接していれば、きっと中国も“そんな国”だと勘違いさせることが可能です。

 まぁ、私が以前面識があったある中国人は、翻訳教室を開いて中国語翻訳を学びに来る日本人に積極的に中国側のプロパガンダ書籍を翻訳させていますが、これなんかも一種の「言語侵略」のようなものですね。

 10年以上前に、仕事で中国国際図書進出口公司の職員とやり取りしていたことがあります。その人に中国について深く知りたいのだけれど、どんな新聞や雑誌、書籍を読んだらよいか尋ねたことがあります。彼とは結構親しくなっていたんですが、きっぱりと言われましたね。「ああ、それなら香港の雑誌か書籍を取り寄せて読んだ方がいいね。中国のものは読んでも無駄だよ。」とね。

 その香港も終に「陥落」してしまいました。
 まぁ、残るは台湾です。ここは守らないと・・・。

 それでは訳文です。

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漢民族の文字に対する中国共産党の敵視

 「文化大革命」によって、中国共産党統治下の全ての民族に災難が降りかかったことは全く疑いのないことだ。しかし、中国共産党統治下のウイグルチベット南モンゴルにもたらされた災難は、「極端な大漢民族主義を帯びた」民族絶滅政策的性質をより強く持っている。

 「文化大革命」のこの様な「非漢民族」に向けた民族絶滅運動は、その他の民族が依拠している民族的独自性を破壊するという点に突出して現れた。言い換えれば、「非漢民族」と漢民族を区別する「異民族」としての文化や信仰、歴史的独自性を破壊したということでもある。

 東トルキスタンにおいては、ウイグル語の貴重な経典の焼却、ウイグル的特色を持つ碑文や壁画の破壊、ウイグル的特色のあるモスクや荘園、家屋のような歴史的建造物の取り壊し、ウイグル的特色のある教育の禁止、ウイグル的な服装や装飾品の禁止などが行われた。

 多くの人々、特に漢民族の学者がこの点について一貫して明確に認めてこなかった。それは「文化大革命」について完全に否定的な民主運動家も同様である。もちろん、そのような漢民族の学者の中には、心の中の大中華思想を拭い去ることができないために意図的にわからないふりをしてる知識人や民主運動家もいることを、私も否定しない。

 「文化大革命」という「非漢民族」に対する民族絶滅行為の最も恐るべきものは、根本的解決を目的として「文字改革」という名称で東トルキスタントルコ語民族に対して実行された文字改革政策である。

 中国共産党ウイグルやカザフなどのトルコ語民族に対して実施した「文字改革」は、1959年から制定・施行され、旧ウイグル文字のローマ字化による新ウイグル文字の使用から始まった。それは1960年に一部地域で試験的に進められ、1962年には全面的徹底的に旧ウイグル文字の排除が行われた。

 「新ウイグル文字」の使用は、1983年9月13日、「新疆ウイグル自治区」第五回人民代表大会・常務委員会第十七回会議における《新疆ウイグル自治区人民代表大会常務委員会 全面的に旧ウイグル・カザフ文字の使用することに関する決議》によって、新ウイグル文字が廃止され、旧ウイグル文字を復活させるまで続いた。

文字改革によって文盲になるウイグル人

 この種の「民族絶滅行為」は、中国共産党植民政府によって、悲漢民族である異民族の同化政策として、民族の裏切り者たちによって「文字改革」の名の下に強制的に実行された。ウイグルの「文字改革」は、所謂「文化大革命」期間を含めて20数年間にわたって続けられ、少なくとも二世代(十年間の基礎教育を一世代とすると)のウイグル人を徹底的に文盲にしてしまった。

 「文字改革」は老獪なご都合主義者の周恩来が提出したものだが、その中心には、やはり漢民族の統治者が持ち続けている「非我族類、其心必異(異民族を信じるな)」、「只要是処於我大漢統治、就必須漢化(漢民族が支配するところは全て漢化される)」という大中華思想が存在している。

 偽りの「文字改革」の名の下に、根本的解決策として実施された民族絶滅政策は、歴史全体を眺めてみれば、漢民族統治者が機会さえあれば必ず試してきたものであり、只単に名称が異なっているに過ぎない。

 近代の国民党統治時代では、虐殺者盛世才が東トルキスタン統治時代に短期間試みている。これは、別に目新しい話ではない。

 しかしながら、この種の偽りの「文字改革」によって行われた民族絶滅政策は、どの時期においても惨敗に終わり、一つも成功していない。成功しなかった原因は、もちろん植民地主義者の実行力不足にあったとか、血の気の多い中国共産党の犬たちが「文化大革命」で破壊してしまったということではなく、多くのウイグル人やカザフ人など東トルキスタンの各民族の志を持った人々が激しく抵抗し、時には流血の犠牲も厭わない戦いを行ったからだ。

 漢民族の多くの学者や、賽福鼎・艾則孜(当時の自治区主席)、格爾夏(当時の文字改革委員会副主任)、阿卜杜拉・紮克若夫(当時の文字改革委員会主任)などのようなウイグルの裏切り者たちは、その後の回想録の中で中国共産党ウイグル人に対して強制した「文字改革」を振り返って、「文化大革命」が彼らとご主人様(中国共産党指導者)による「文字改革」の強制実行が計画半ばで挫折してしまったと、未だに時折嘆いている。
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 これで前半です。

 きついよなぁ、ウイグルの人たちは。
 こんなことされてどんな気持ちでいるのだろうか。
 つらいだろうなぁ。

人口侵略の光景 その三

 イリシャット・ハッサン・コクボレさんの『維吾爾雄鷹 伊利夏提① 中国植民統治下的「東突厥斯坦』P206の「為什麽是烏魯木齊火車站」という文章の最後の部分の翻訳を続けます。

 ある種の絶望的感覚というものを、私はこのイリシャットさんの文章から感じるんですよ。とにかく大量の漢民族が途絶えること無く自分たちの“国”に押し寄せてくるんです。最初はごく少数の飢えた哀れな人々にすぎなかった連中が、やがて社会の至る所で権力を掌握して支配者として君臨していく。この奔流に抵抗することの難しさ。

 文中にある“政治的移民”とは、中国が東トルキスタンを占領するために送り込んでくる漢民族の移民のことです。過剰人口で溢れかえっている漢民族の他地域への棄民政策といってもよいのかもしれません。これは東トルキスタンチベット南モンゴルだけがターゲットではありません。日本もそのターゲットの一つと考えなければなりません。

 それでは最後の部分の訳文です。
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投げ捨てたいくらい大量の政治的移民

 鉄道や列車に関するお話がもう一つある。それは一種の政治的ブラックユーモアのようなもので、たしか80年代後半のものだったに違いない。

 話の内容はこんな感じだ。ウルムチに向かっている客車の四人がけの座席にアメリカ人、日本人、ウイグル人、そして漢民族の移民が一人ずつ座っていた。列車の走行中にアメリカ人がケント(タバコ)を取り出してちょっと吸っては捨て、またちょっとすっては捨てていた。我慢できなくなった日本人がアメリカ人に「何だってちょっとしか吸わないで捨ててしまうんだ?」と尋ねると、アメリカ人は自慢げに肩を怒らせて「アメリカではケントなんて珍しくもないし、安いんだ。捨てたってかまわないのさ。」と答えた。

 これを聞いて腹を立てた日本人は、手に持っていたパナソニックの小型ラジカセを放り投げた。それを見たウイグル人が日本人に「何やってるんだ?何だってラジカセを捨てたんだ?」と尋ねると、日本人は尊大ぶって「日本にはパナソニックのラジカセなんていくらだってあるし安いんだ。捨てたってかまわないのさ。」と答えた。

 するとウイグル人は立ち上がって何とも仕方なさそうな表情で周囲を見渡し、近く座っていた漢民族の移民をつまみ上げて窓の外に投げ捨ててしまった。アメリカ人と日本人は慌てて問いただした。「あんたいったい何をしてるんだ?何だって人間を投げ捨てたんだ?」これに対してウイグル人は決然とした様子で答えた。「俺たちのところは政治的な移民が多すぎるんだ。だから見つけ次第捨てたってかまわないのさ。」

 いずれにしても、鉄道、列車、駅は、ウイグル人にとって植民と侵略の象徴でしかない。列車の発する音は、東トルキスタンの人々を虐殺する植民地政府の銃声や砲声と同じなのだ。ウイグル駅に次々と侵入してくる列車は、ウイグル人にとっては、略奪と搾取、そして政治的移民の洪水のごとき流入を意味しているに過ぎない。

 少しでも考える力があるウイグル人なら皆知っていることだが、漢民族の政治的移民の人口は、1955年にウイグル自治区成立時には10%に満たなかったが、現在では東トルキスタン全人口の半数にまで増加している。これら漢民族の政治的移民は、次々とやってくる列車に乗って途絶えることなく東トルキスタンに運ばれてきたのである。

ウイグル人は自分たちを守るには鉄道を爆破するしかない

 したがって、大多数のウイグル人は、まさに中国では知らぬ人がいない小説『鉄道遊撃隊』が描く鉄道遊撃隊員のメンバーのように、「侵略者を乗せてきて、資源を奪っていく」鉄道、列車、駅を憎んでいる。一稼ぎするために途絶えることなく流入してきて、定着した途端に尊大暴虐になって植民地政権の手下になっていく政治的移民たちについては、さらに強く憎んでいる。

 大多数の単純なウイグル人は、鉄道や列車、駅さえ無くなれば、あるいは爆破でもして列車の運行を阻止すれば、政治的移民は減少し、東トルキスタンの資源に対する大規模略奪もなくなると考えている。だから、鉄道、列車、駅は早い時期から反抗的ウイグル人の目標になってきた。成功したものもあるし失敗したものもある。成功した事件は共産党植民政府によって隠蔽されているに過ぎない。

 小さい頃から私は鉄道区の多くのウイグル人の仲間たちと上記のような鉄道や列車に関する話を聞いてきた。無知蒙昧で尊大暴虐な連中の極端な蔑視の中で、私たちは漢民族化教育を受けながら成長してきた。70年代から80年代にかけて鉄道労働者の給与水準は他の業種よりも高かった。この時代に私たちは幼少期を過ごしてきたが、自分が鉄道労働者の子供であることを誇りに思ったことは一度も無い。

 それどころか、私たちは小さい頃から毎日漢民族中心の学校の中で民族的弾圧や差別を直接感じてきた。そして小さい頃から、大人になったらきっと星星路線やハミ駅を爆破してやるぞとお互いに誓い合い、吹聴しあっていた。私たちの資源を中国政府の略奪から守り、中国の政治的移民を阻止するには、そうするしかないと思っていた。

 小さな子供がこの様な極端な考え方を抱いているのだとしたら、鉄道や列車、駅がウイグル人の心の中でどの様にイメージされているのかを想像するのはさして難しくないだろう。この様に考えてくれば、430爆破事件を起こしたウイグル人の勇士が、なぜウルムチ駅を彼らの攻撃目標に選んだのかも容易に理解できるのではないだろうか。

(本文は2014年12月16日博訊新聞網に発表したもの)
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 まともな漢民族中国人がいることは知っています。安倍元総理の暗殺について、中国のSNS上には“祝福”のメッセージが溢れているそうですが、それを苦々しく思っている中国人もたくさんいるわけです。ただ、彼らの正常で常識的なメッセージは中国共産党に洗脳された連中によって一斉攻撃されて排除されてしまうのです。

 東トルキスタンを支配する漢民族中国人のマイノリティの感覚も、この正常で常識的な感覚に対する一斉攻撃と似たような性格を持っています。それが中国共産党による洗脳の恐ろしさなのです。まるで大繁殖して攻撃的になったイナゴの群れのようなものです。今後の世界は、このようなカルト国家中国と、どのように対峙していくかという大変な課題に向き合っていかなければなりません。

 

 それを理解している日本人って、いったいどのくらいいるのだろう?

人口侵略の光景 その二

 それにしてもひどい事件が起きたものだと思います。日本の憲政史上おそらく最も国民から信頼された安倍晋三元首相が暗殺されてしまいました。

 たとえば政治的立場の異なる勢力や外国勢力によるテロによるものであれば、自分としてもそんなこともあり得るのかもしれないと納得できるのですが、報道から伝わってくる犯人像は、確たる根拠のないデマ情報に簡単に踊らされてしまうタイプの“凡庸な狂人”のような感じですよね。

 これは耐えられないですよ。世界中がその急逝を惜しみ追悼している人物を殺した人間が“ただのアホ”なんですから・・・・・・・。

 

 ※その後、犯人について色々とわかってきました。母親が宗教団体にはまっていて、財産をだまし取られたとか、兄を自殺で失っているとか。まぁ、同情するようなところもないわけではありませんが、しかし、だからといって人を殺していい、ということにはならないですね。

 

 これから日本は迷走していくことになるんでしょう。
 それでも、がんばって生きていくしかないですね。

 気を取り直してイリシャット・ハッサン・コクボレさんの『維吾爾雄鷹 伊利夏提① 中国植民統治下的「東突厥斯坦』P206の「為什麽是烏魯木齊火車站」という文章の翻訳を続けていきます。
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列車の音を風刺しただけで逮捕され刑罰を受ける

 「東トルキスタン鉄道システム」は、新疆兵団や中国石化と同様に中国共産党漢民族植民地政権によって徹底的に支配され、中国共産党植民政権の政治的利益のために存在する植民組織であり、漢民族の政治的移民のためのものなのだ。自治区の鉄道システムに一人か二人ぐらいのウイグル人副局長や何人かのウイグル人副段長がいるとしても、全て名前だけのものであり、実権をともなうものは一つもない。簡単に言うと、鉄道、列車、駅は、ウイグル人東トルキスタンの土着民族とほとんど関係がない。

 私自身鉄道労働者の家庭で育ち、親兄弟も皆鉄道システムの中で仕事をしていた。小さい頃から多くのウイグル人が鉄道、列車、駅についての話しをするのを聞いてきた。最近流行っている話がある。「鉄道がウイグル自治区に入ってくるとき、どうしていつも長々と汽笛を鳴らすのか?ウイグルから離れるときとても重々しい音を立てるのはなぜなのか?」という話だ。

 ウイグルの知識人の答えはこうだ。「なぜなら列車がウイグルに入ってくるときは、貨車の中は資源を積み込むために空っぽで、客車にぎっしりと乗り込んでいる流浪の群れはひどく飢えているからさ。だから列車が私たちの豊穣な東トルキスタンに侵入してくるときは長々と汽笛を鳴らすのさ。『腹減った、腹減った!俺たちは金や銀や鉱物資源が必要なんだ、食い物がほしいんだ、腹いっぱい果物を食べたいんだ!』ってね。」「列車が中国に帰っていくときは、ウイグルのものをたっぷり食らって奪って苦しそうに息を荒げて叫ぶんだ。『食った、奪った、腹も荷物もいっぱいだ。重たくってたまらない、引っ張っていくのは大変だ!』ってね。」

 列車の音を風刺したこの話はウイグルで広く流行した。特にウイグル人の鉄道労働者の間では知らぬものがないほどだった。聞くところによると、この話を作ったというウイグル知識人は、地方民族主義者という罪名で逮捕され行方不明となったという。

鉄道はロバを運んでいき山ほど漢民族を載せてきた

 この話のともに、最初の世代のウイグル人鉄道労働者が目撃したのは「本当に哀れな漢民族、飢えた大量の難民が列車にへばりついて東トルキスタンにやってきた」というものだ。鉄道がウイグル自治区に到達した時期は、中国共産党による所謂「大躍進、三年自然災害」の時期と重なっていた。鉄道が開通すると中国共産党政権による秘密裏の政策によって、陝西省甘粛省から大量の飢餓難民がウイグル自治区に押し寄せてきた。特に鉄道沿線の各都市は最初にこの流民の群れに接することになった。

 鉄道の「労働者食堂」に勤務していたあるウイグル人が私にこんな話をしてくれたことがある。当時陝西省甘粛省の大量の難民がハミ地区の各街に押し寄せ、駅の周囲は難民であふれかえっていたという。良心的なウイグル人鉄道労働者の多くが食事を準備して彼らにも分けてあげようとした。もともとは分けてあげるはずだったが、押し寄せる難民によって全ての食べ物が食べ尽くされてしまうことも度々あったという。あるとき、ウイグル人労働者がうっかり食べ物を地面に落としてしまった。するとたちまち飢餓難民が這い回って全て食べ尽くしてしまったという。

 このウイグル人鉄道労働者はこうも言っていた。これら漢民族の飢餓難民を助け、食べ物を用意したのは、多くの場合単純で善良なウイグル人たちだった。漢民族の鉄道労働者は彼らを助けることをほとんど拒否していたという。彼はいつも「まったく、俺たちウイグル人は単純で人が良すぎる!」という言葉でこの話を締めくくっていた。

 鉄道についてはもう一つ別の話がある。おそらく80年代のものだ。当時ウルムチ駅には毎日大量の貨物列車が東トルキスタン南部地域で生産されたロバを満載して中国へ運んでいた。一方で毎日決まったように仕事や儲けを目的にした大量の漢民族移民がウルムチ駅に次々と入ってきていた。

 あるウイグル人知識人に質問した人がいる。「いったい何だって毎日毎日こんなにたくさんのロバを中国に運んでいくんだ?」このウイグル人知識人は馬鹿にしたような口調でこう答えたという。「これはウイグル自治区が現在進めている物々交換さ。自治区のロバ一頭につき漢民族の移民10人というわけさ。」聞けばこのウイグル人知識人も、この発言のために逮捕され行方不明だという。
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 大躍進政策が引き起こした中国全土の飢餓によって数千万人の中国人が命を落としたと言われていますね。中国共産党は飢餓による犠牲者の人数を把握しているのでしょうが、外部の人間には実際のところどの程度の犠牲者が出たのかはわかりません。ちょうど89年の天安門事件の犠牲者がよくわからないのと同じです。

 隠蔽、隠蔽、隠蔽。ねつ造、ねつ造、ねつ造。共産主義は人間の頭の中まで支配しようとするイデオロギーですから、共産主義者から発進される情報に信用できるものは一切ありません。それは日本共産党でも同じ事です。正しい情報は党中央が把握し、党中央が”正しい”判断をするのだから、人民はそれに従うだけです。

 通常、これはファシズムと呼ばれていますが、彼らはそれを民主主義と呼んでいるのです。安倍元首相が言った“こんな人たち”とは、こういう真実と嘘が転倒したイデオロギーを信仰しているカルト信者だったのではないでしょうか。